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裁判員制度について思うこと

17日(水)昨日の夕方から、死刑判決を下した裁判員裁判によるNEWSがテレビ等マスメディアで繰り返し報道がされている。

裁判長が判決を言い渡した後で、控訴を勧めたことは極めて異例だが、裁判員の精神的ストレスを考慮しての発言である旨がテレビで解説されている。

私自身、法律を学んだ経験はない門外漢だが、日本の裁判は、アメリカなどと大きく異なる点がある。アメリカでは犯罪事件そのものにより量刑が決まるのに対し、日本では逮捕後に反省し後悔しているとか、人間性を見て判断して欲しいなどと弁護人が言い、それが判決に大きな影響を及ぼす場合がある。

これって変だと思いませんか?被害者自身そして家族の心情からすれば、被告人がいくら後悔し反省しても殺された人は帰って来ないのだから、、、たとえば嘘でも、反省しているとか、自責の念に駆られているとかの主旨を口にすると、量刑が軽減されるのであれば、極悪人は簡単に嘘を言うのではないだろうか!

昨日の裁判では、二人を殺したことと、その残虐性などが考慮され結果的に死刑判決となった。事件そのものを詳らかにし、客観的に犯罪を分析した結果の判決内容で、当然の結果であると思う。

裁判になってから、後悔したり、被害者や家族にいくら詫びても、情状が酌量され裁判の量刑に影響があってはならないと考える。

以上は小生が学生時代から、愛読していた国際政治学者、小室直樹氏の著書による影響を受けていることからの思考だが、法律を勉強していない素人が裁判員となって、極刑の判断を下す精神的負荷は計り知れない。

小室直樹先生は、今年9月に他界したがご存命であれば、どのよう論評をしただろうか?

裁判員裁判はスタートしたばかりではあるが、改善するべき点があるのではないだろうか?

水戸黄門に観られるような勧善懲悪が望ましい!

Kaz

カテゴリー:NEWS
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